今日、悲報が届きました。
ラッジョ氏が亡くなられたそうです。
僕が最初に仕立てをお願いした時も、氏の体調は優れず、
出国前の状態では、無理と聞いていました。

ところが、僕がナポリに着いた夜に電話があって、
今なら状態も良いとかで、急遽採寸してもらう事になったのです。
そして奇跡的にも、、諦めていた機会が訪れたのです。

今、僕の手元には氏が裁断し、仕立ててくれたジャケットがあります。
このジャケットには、色々な想い出が詰まっています。

ラッジョ氏が、「お前のフィロゾフィーまで表現する洋服を仕立ててやるよ。」と言って
出来てきた、このジャケット、、本当に愛着があります。
ラッジョ氏との思い出を胸に、大切に着続けます。

ナポリでは名サルトと囁かれたラッジョ氏の栄光の人生を讃えると共に、
心から、、ラッジョ氏のご冥福をお祈りいたします。





たまに書き込みして下さる、ミラノのsartinoさんから、
コメント付きで届いた画像です。
嬉しいなぁ~、ありがとうございます!

>>>
ずっと前に話に出ていたMP3、最近なぜか結構見かけます。
なんか、前のボリュームがすごくて、モコモコしててかわいいですね。
(柳瀬談:やっぱりイタリアって、MP3にもウインドシールド付けるんやぁ~)



コレは、モンテナポレオーネのすぐ脇で見つけたんですけど、
「やっぱりこの辺を走るような人は変わったものに目がないのか?」と思っていたら、
その帰り道、自宅前の広場でも、一台見つけてびっくり。
いつの間に、こんなに増殖したのやら?
(柳瀬談:右隣はGT?こんな時期でも、トゥカーノのレッグカバー付けてる人って多いの!?



日本ではどうですか?
見ますか?
柳瀬さんも一台いかがですか?
(柳瀬談:ユーロの高騰もあってか、100万円もするねん!)



ラッジョのジャケットが届いて、数回着てみました。
ナポリ土着のドロ臭さと言うか、何とも言い難い独特の〝オーラ〟を感じますね。
でもなぜか、襟型は直線的なハイゴージのナポリスタイルではなくて、
フィレンツェスタイル、それも何故か、、
オールドフィオレンティーナスタイルと呼ばれるものです。

肩の仕上げも、今では唯一、
ナポリスタイルを築いたと云われるヴィンチェンツオ・アットリーニから、
ラッジョ氏だけが引き継いでいると云う、ピニニャティエッロ(pinìgnatiello)です。

マッセアトゥーラの顧客の方だけが見る事の出来る生きた化石。(笑)
画像で写してみましたが、雰囲気が伝わりません!

この胸ポケット、実はバルカでお願いしていたのですが、ご覧のとおりです。(爆)
おまけに、、数ヶ所に生地に傷が付いてしまっています。(苦笑)
裏地も、いきなり数ヶ所も糸が解けているんです。
それよりも、僕の指示した半胴より2cm(周囲だと4cm)も大きいんです。
仮縫は何だったの?(爆)
ラッジョには、ラッジョなりのスタイルがあるから、
彼にすれば、「俺のスタイルを着ろ!」って事なんでしょうね。
でもまぁ、これこそがナポリスタイル、という事にしておきましょう!(笑)

この服の本領は、これから10年後20年後でしょう、、
これから着続けていく間に、僕のスタイルに馴染んでくると思います。

この洋服がどのように自分に馴染むのか、、
手入れ次第というか、これからどんな風に着込むかで、
僕の人となりが見える洋服に変わってゆくんでしょうね、きっと。
僕の希望したジャケットに仕立て上がったかどうかは別として、味わい深い逸品です。




久々の海外通信、ナポリ編です!
【2007年1月8日】

今年の年初にナポリに行った時に、
カチョッポリのコジモ氏やアルヴェスティの冨士原氏の取り計らいで、
サルトリアであるラッジョ氏にジャケットをお願いできました。
そこに至る過程は、過去に何度か書いていますので、そちらをご覧下さい

ラッジョ氏のサルトは、ナポリの目抜通り〝キアイア〟にあります。
ナポリのサルトの多くは路面にはありませんから、
顧客は建物の玄関にあるベルを鳴らして、
中から電磁ロックを開けてもらってから入る事になります。
このスタイルは、マリネッラや、アンナマトッツオもそうであるように、
ブランド店は別として、ナポリの一般的なスタイル。
ちなみに日本人の服好き(買い物好き)が面白いのは、このキアイア通りではなく、
近くのフィランジェリー通りだと思います。(笑)


獲得した賞状の前で!(これは一部です)
ラッジョ氏は、1968年から1973年にかけての5年間、
名サルト、ヴィンチェンツォ・アットリーニと一緒に働いていたそうです。
ヴィンチェンツォと云えば、ロンドンハウスの生みの親、ジェンナーロ・ルビナッチと
ナポリの黄金コンビと云われた伝説のサルト。
ラッジョ氏も、ピーク時には15人の職人を抱えていたそうです。


仮縫の風景です。仮縫の段階で、
初めて見るピニニャティエッロ(pinìgnatiello)という肩の仕上げになっていました。
この仕立ては、彼がヴィンチェンツオ・アットリーニから学んだもので、
今のナポリでは、彼だけが継承しているそうです。
という事は、彼が最後って事ですよね、、
ちなみにこの撮影は、
ブログへも時々書き込んで下さっている、dainojiさんです。


仮縫後、ちょこちょこっと型紙を修正してもらいました。
本来なら、ナポリの採寸は何度かの仮縫をしながら合わせるスタイルですが、
今回はコジモ氏のジャケットが僕の好みにピッタリだったので、
それをベースに型紙を引いてもらったので、
結構スンナリいきました。


70歳を過ぎても、この伊達たちです!


ちなみに、ラッジョ氏に後継者はいません。
彼の息子さんはサルトの仕事に興味を持ってはおらず、
彼の職人も、彼の仕事に対する古い考え方についていきたくなかったそうです。
彼の経営者としての資質の問題か、職人の資質の問題であったのか、
そこまで立ち入っては聞けませんでした。

いずれにせよ、日本ばかりではなく、
手仕事の町、ナポリでも後継者難は深刻なようです。
この問題は洋服業界だけではなく、職人の世界では世界的に深刻な問題です。
長い間、効率と低価格を求め続けた余りに辿り着く先は、、
今からでも遅くはない、そう願って身近に取り組むべき事から始めないと、、



【2007年1月6~7日】

サレルノからアマルフィー海岸を西へ、いよいよカプリ島。
マリーナグランデ(港)に着いて、目の前にあるフニコラーレ(ケーブルカー)で
カプリ島の中心地〝カプリ地区〟へ到着し、降りたところで1ショット!

その先には直ぐウンベルト広場があり、そこからあちこちに路地が伸びている。
その広場から近い範囲の路地には世界基準のブランド店が立ち並び、
世界から集まってくるリゾート客に照準を合わせている。

中心地を奥へと進み、網目のように張り巡らされた路地を散策。
急にポツリとリストランテがあったり、
可愛らしい小物を置くお店があったりするから楽しい。
でもこの時期、閉まっているお店が多かった。

それにしても、暖かい。
コートが邪魔になって仕方がない。(笑)
半袖でも充分なくらい、、ってゆーか、泳いでる人おるもん。(爆)

あちこち歩き回って、ウンベルト広場まで戻って、今度は
カプリ地区から更に山を登った所にある〝アナカプリ(高いカプリ)地区〟まで、
地元の人たちに混じって、ミクロブス(マイクロバス)に乗った。
断崖の際々を、乗客を満杯に乗せた状態でぶっ飛ばすので、迫力満点♪

アナカプリ地区は、観光地化されたカプリ地区と比べると、
のんびりした雰囲気が残っている。
といっても、僕がハイシーズンを知らないからだけなのかもしれない。(笑)
このアナカプリの町を眼下に見下ろせるソラーロ山へのリフトは、
来る時間が遅過ぎたとかで止まっていた、くそぉ~

おっと、リモンチェッロの原料が、、笑。

買いましたぁ~、買いましたよぉ~
カプリ産リモンチェッロ♪
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それにしても、思わず潜ってみたくなる透明度でした。
イタリア人のリゾートファッソンを堪能するのに、
次回は夏に来なきゃ駄目ですね!(笑)

あ~今日はのんびり観光三昧させて頂きました♪
どうもありがとうございました。



【2007年1月6~7日】

アマルフィーの町を後にして
アマルフィー海岸沿いの曲がりくねった道を、
バスで1時間程走ると、今度はポジターノの町に着きます。

この辺りは、バスは断崖の上のほうを走っているので、
バス停で降りてからポジターノの町まで、緩い下り坂をぶらぶら歩きます。
でも歩いているのは地元の人か、僕くらいで?


この時も、僕が歩いている隣を、
高級リゾートらしく、フェラーリが通り過ぎました。(笑)


坂を下るにつれ、
切り立った崖沿いに張り付くかのごとく建ち並ぶポジターノの町が迫ってきます。
下り坂から海側の断崖にも、海に迫り出して建物が建ち並んでいます。
それらの建物にはプールがあるので、恐らくホテルでしょう。
ん?もしかして、別荘なのかもしれませんね、、
ただ、この時期はシーズンオフで、ひっそりしていました。


坂を下り、お店が建ち並ぶ細い路地や階段を抜けて海岸に出ました。
そこから見上げると、町はこんな感じです、、圧巻です!
本当は船に乗って海から訪れたかったんですけど、
この時期は就航していませんでした。


先に訪れたアマルフィの海岸でも、そうでしたが、
ここでも、泳いでいる人がいました。
コートを着ている人がいたり、泳いでいる人がいたり、、
どっちがクレイジーなんでしょうね?(笑)
もう少し時間があれば、僕もこんな場所で寝不足解消したかったな♪


リゾート地に来て、ほんの数時間だけ見て回って終わりとは、寂しい!
見るだけでもかなり満足したけれど、でもやっぱり、、
次の機会には、せめてゆっくり2泊して、
イタリア人のリゾートファッションを見てみたいですね。
あっ!これで夏に行く理由が出来ました。(爆)

※今日お渡しのスーツのシルエット、凄く色っぽかったのに、、
  撮影させて頂けませんでした、、残念!



【2007年1月6~7日】

今回のイタリア、アリタリア航空の就航曜日の関係で、
到着翌日いきなりの週末で、何処も休み、、
そんな言い訳を前置きしつつ、し~っかり観光してきました。(笑)

ナポリから電車でサレルノまで行き、
サレルノの駅前から、世界遺産のアマルフィー海岸を目指しました。
本当なら船でアマルフィーの町に入りたかったのですが、
暖かい時期しか就航していないらしく、探し回った挙句に断念して、バスで、、

下の画像は、サレルノから、アマルフィの町に入るまでの途中。
海に張り出した断崖絶壁の狭い道路をクネクネと、もの凄いスピードで走ります。
車酔いする方は、トラベルミンと、アキュライザーをお忘れなく!(笑)
画像の場面も、車同士の擦れ違いが出来ずに交通渋滞。
お陰で、酔い覚ましついでに、写真タイム♪


ちなみに、アマルフィー海岸とは、アマルフィの町だけに限らず、
アマルフィーの町を挟んで、東西に伸びる約40キロの景観を呼ぶようです。
今から1,000年以上も昔、中世の時代には、
海洋都市、アマルフィ共和国として栄華を極めたそうです。

サレルノからSITA社のバスで100分、
とことん酔う前に、アマルフィーの町に到着しました。


町そのものが海と接する距離は1キロもなく、町の懐は山側に広がります。
海岸沿いを見る限り、冬とは思えません。
でもね、、コートを着ていても別に暑くはないんですよ。


というか、それもそのはず、ビーチで泳いでいる人も、、
ダウンジャケットを着てる人や、コートを着てる僕がいれば、かなり薄着の人も、、
いったい、季節はいつなのでしょうか?(笑)


下の画像は、
日本でも結構有名になってきたディジェスティーボ(食後酒)〝リモンチェッロ〟です。
といっても、アルコール度数は30度オーバーです。
町中のあちこちで売っています。


買いました!(笑)
アマルフィ海岸一帯には、海に切り立つ断崖にレモン畑があり、
「どうだ!このリモーネ(レモン)は大きいだろう!」
「苦味も少ないし、甘い香りも最高だぞ!」
と、店の親爺が申してました。(笑)

リモンチェッロは〝南イタリア〟の銘産ですが、
これは正真正銘、アマルフィー産のリモーネを使ったシェーカー社のリモンチェッロです。
冷凍庫で凍らせて、ニコラシカグラスで一気にクイッと飲りましょう!


この後、引き続きアマルフィー海岸を西へ、、
ポジターノ~カプリと続きます。
その模様は、いずれまた!



ナポリのスペイン地区にある附属屋さんで、今年もボタンや裏地を買ってきました。
微妙な色合いが豊富で、前回も皆さんに喜んでお選び頂いたボタンです。
今回はグレーのパンツ専用として、スーツ用とは別に、微妙な差で5色選んできています。
それにしても、ほんとイタリア人、、というか外国の男性って、
年を重ねるごとに、お洒落に!そしてカラフルになっていきますよね。
当然、、内面的な分も豊かに熟してくるんでしょね。



それにしても、絶妙な発色のカシミアニットがお似合いでした。
今まで何度か会ってますが、いつもお洒落です。


本日帰国しました!
長い間お休みを頂き、ありがとうございました。
全てをお伝えする前に、数枚をピクアップさせて頂くことにします。

インネス・チャンバースを抱える世界最大の生地マーチャント、ホーランド&シェリー社
社長のスチュワート氏(左)と、極東担当マネージャーのブライアン氏です。
ホーランド&シェリー本社まで行ってきました。
ここは、ツイード川の上流に広がる町ピーブルスにあります。
世界遺産にも指定されているスコットランドの首都エジンバラの南西方向、
車で約1時間走った場所です。
※ネクタイはおろか、ツーリストスタイルで失礼いたしました。


ナポリの生地マーチャント、カチョッポリの次期社長コジモ氏。
僕が急遽ナポリで仕立ててもらう事になったジャケットの生地を裁断中で、
この後サルトの元へ届ける為に、ナポリの喧騒へと消えていきました、、ありがとう!


ドネガルに15名いるツイードのハンドウィーバーの1人であるフランク氏は、
北アイルランドの北西の最果てにあるドネガルの自宅の1室で、3日かけて1反を織り上げる。
今回のドネガル訪問は、ロンドンの生地マーチャント『William Bill』
のアテンドのお陰で、Mageeのご協力のもと実現しました。
皆さん、ありがとうございました!
詳細はまた後日、伝えますのでお楽しみに!


ナポリで60年もサルトをしているジュセッペ・ラッジョ氏
前回のカチョッポリの来日時に、コジモ氏が着ていたジャケットのラインが美しく、
仕立ての技術も素晴らしく(当然着心地も)、
会ってみて話を聞くだけの予定が、何と仕立てをお願いできたんです!
ちなみに来日時の彼が着ているのはラッジョ氏のものではなく、
僕のジャケットなので、ズングリと太目です。(笑)


敢えてお名前は伏せますが、、
偶然の機会に恵まれ、この方にも頼んでしまいました。


以上、「遊んできたんちゃうん!」と言われる前にご紹介しておきます。
遊び(観光)の写真は後日追々と、、
まぁ僕の場合、仕事と遊びの境界線が、、(爆)

最後に、、
写真を見て頂いてもお分かり頂けると思いますが、
当初の予定以上に充実した出張となったのは、ご協力頂いた皆さまのお陰です。
取り急ぎ、この場をお借りして、皆さまに御礼申し上げます。
ほんとうに、ありがとうございました!
詳しくは、追々各写真ごとにご報告させて頂きますので、楽しみにしていて下さいね。



今年の年初に行った出張報告、
気が付けば、既に師走に入ってます。
今更ですが、最後の出張報告させて頂きますね。

ある目的でパリに行った際、
最近、巷で噂の?コルテのパリ本店に行ってきました。

たとえ自分が欲しい色がなくっても、ひと夜あれば?
希望の雰囲気にパティーヌ(色付け。色変え!?)して下さいます。
さすがに、ダークな色調を明るくする事は無理ですが、、


これは全て、納品待ちのコルテの靴です。
聞くところによると、引き取られていない靴もあるとか、、


パリのヴァンドーム広場から裏通りに入った所にあるコルテの本店です。
どうですか、日本にあるコルテの手本となっている店構です。


まさに!靴の彫刻と呼ぶに相応しいフォルムをパティーヌする事で、
さらにそのオーラを際立たせてしまいます。

昨年はクリストフ・コルテ氏(ピエール・コルテ氏の弟さん)が
対応して下さったのですが、今年は不在でした。
写真は、今回の3足をパティーヌして下さった方ですが、
1年近く前の話で、、名前を忘れました、、
凄く親切で、丁寧なご対応をして下さいましたよ。


この後、帰路の途につきました。
出発日は、仕事の都合で成田からパリ経由でイタリアに入りましたが、
帰りはこのまま、シャルルドゴールから関空に戻りました。
年初に行ったはずの出張報告が、やっと終わって、
1年間ずっと行ってた気分です。(爆)
皆さま、お疲れさまでしたぁ~