2018年03月09日(金) 訪問

イタリアを代表するラニフィーチョ(機屋/英語ではミルと言います)
VITALE BARBERIS CANONICO(通称カノニコ)の本社を訪問、見学させて頂きました!
今回の視察訪問は、
いつもお世話になっているボローニャの生地マーチャント『ドラッパーズ』社の社長
ドメニコ・ロッリさんにお手配をお願いし、実現しました。

訪問当日の朝、
ミラノでレンタカーを借りました。
アウトストラーダを1時間ほど走り、降りてから今度は
向かう方向にアルプスの山々を見ながら、のどかな風景の中を走ります。


少しずつ山間に入り、川沿いの道、車を走らせると、
アウトストラーダを降りてから20分ほどで同社に到着します。


イタリア毛織物の一大産地である
ビエッラのプラトリヴェロに広大な敷地をもつ同社。


毛織物に携わっていた事実を確認できる1663年当時の記録が残っています。
1863年には、
紡績から仕上げに至る全工程を自社で行うようになり(一貫房と呼びます)、
その後もどんどん進化を続けた同社は、
1910年(ちなみに大阪の市電は1903年に開通)には、
工場(織布工程)を電気によるフルオートメーション化させる事に成功しています。
その後も同社の生産体制(一貫房)は継続され、
今では最新鋭の機械によってオートメーション化されています。


今回の訪問で特に印象的だったのは、
今まで訪問した機屋さんと比べて明らかに静かでクリーンな環境。
そして働く人数が圧倒的に少ないことです。かなりの工程でオートメーション化が図られ、
デザインなど知的な仕事だけを人間がしている印象です。
労働者や環境への取り組みが評価され『欧州労働安全衛生機関』に表彰されたと聞きました。

また、世界に販路を拡大する同社は
現在年間800万メーター前後の高級紳士服地を生産しており、
その80%程が海外に輸出されているそうです。(オーダースーツに換算すると約300万着!)
フランスやイタリアの超高級既製服や、世界の注文服店が同社の顧客です。

最近では自社名のブランド化にもチカラを入れているそうです。

そのブランディング戦略の一環として、
フェラーリ社へ、オーダー用シートの生地を供給しているそうです!

また、
プロモーション用のノベルティーも豊富で楽しませてくれます。
イタリアらしいお茶目なオリジナルのチョッコラート。
他にも同社の生地を使ったピンクッションや
携帯用ショッピングバッグや靴袋など、
見学に来る者を引き付ける仕掛け
ありがとうございました!


実際の工場内をランダムに案内させて頂きます。
原毛は、オーストラリアにある同社の提携牧場から送られてきます。
洗毛(刈り取った羊毛に付いている脂分や汗、糞など、
土砂などを綺麗に洗い落とす工程)が終わった状態でパッキングされています。


下の画像、先染め中でも手間のかかる
TOP染色のひとつ『ビゴロ染色』と呼ばれるものです。
訪問話からそれますが、こんな機会も滅多にないので簡単に説明しておきますね。

これ、糸になる前の綿(わた)を引き伸ばした状態(スライバー)にプリントしているんです。
プリントされたシマシマのスライバーを、ほぐして混ぜ合わせることで、
全体を染めるより、均一で優しい表情のグレーになります。
プリント量の多少でグレーの濃淡を調整します。


これらの羊毛を使って、工場内で紡績(糸を作る)されます。


圧巻の染色釜。ここは染色工場じゃないですよ!
この規模からして、同社の織布工場としての規模が分かりますね。


はい、染め上がりました!
これから蒔き直しなど、幾つか地味な工程を経て
いよいよ生地が織られます(織布工程)。


同社の生地は
コストパフォーマンスに優れています。

生産量が圧倒的に多いので、
織布にもっとも手間のかかる成経工程がまとめられます。
他社と比べて圧倒的に少ないボディ(糸の種類、織り方が同じ物の呼称)で
多様な柄を反多く作れ、コストを抑えられるのです。

生地は経糸を引き揃えて、横糸の色や織り方でデザインをが変えます。
そのため、経糸をまとめて作っておけば、随分と効率が計れることになります。
これらの効率化は、同社にとってファッション性と反比例するどころか、
逆に自社一貫生産だからこそ、物作りの細やかな対応が可能となり、
ファッション性も高くなり、そこが同社が評価される理由だという印象を受けました。

販売力があるから、生産できます。
販売力があるということは、それだけ顧客の支持を集めるからです。
そして何より、同社は「紡績工程」を自社で抱える一貫房です。


また工場内を見て回ると、
そのメーカーのフィロソフィーがよく分かります。
同社の織機には全てカバーが付けられ、運転中は閉じるようになっています。
これは従業員の聴力(織機の運転音は凄く大きい)と安全を確保するためのものだそうです。
従業員に優しい会社、こういった点も
働く人のモチベーションの源泉となっているのでしょう。

こちらは、2014年に改装されたデザイン室です。


そして、
デザイナー室の奥にある扉を開けると、
バーカウンターのあるサロンスペースがあります。
生地棚にはCANONICOの生地が美しく並べられているんです。
大きな取引先を迎えてのパーティーなども、ここで開かれるのでしょうね。

さらにその奥には、
湿度が保たれたアーカイブ(生地見本)ルームがあります。
同社の過去のコレクションに加え、
伊、英、仏、墨から集められたコレクションが約2,000冊、これは圧巻です。
最古のものだと、1879年に編集されたそうです。


これらのアーカイブは、
新しいデザインの参考として、実際にデザイナーが使っています。

ただ将来的には、
この資料のデジタル化が進んでゆくと、
手に触れることさえ出来ない歴史的な資料になることでしょう。


以上、簡単にまとめてみました。

今まで訪問した生地作りの訪問記は他にも書いています。
よろしければ、こちらもご覧下さい。
Magee/ドニゴールツイード① → こちら
Magee/ドニゴールツイード② → こちら

Edwin WoodHouse → こちら
Martin Sons&Co,Ltd. → こちら
Hudders Field の賃機屋 → こちら

Bateman Ogden → こちら
Holland&Sherry① → こちら
Holland&Sherry② → こちら
Ehglish Oak Mills/Dobcross → こちら

Acorn/シャツ地 → こちら

Idea Bierra/生地の見本市 → こちら


最後に、、
同じビエッラにあるピアチェンツァ社が1623年に毛織物商として創業、
1700年代に生地の生産を開始したとされますので、
カノニコ社が、現存する毛織物商として最古参であることは間違いないようです。



2018年03月08日(木) 訪問

ミラノのサルトリア『Sartoria Cresent』を訪問しました。
15年の付き合いになる河合氏の工房には、
ちょうど製作途中である、マッセアトゥーラのお客様のお洋服もたくさんありました。
年に数回、日本をはじめ、北欧や中国でトランクショーを開きながら、
それ以外、河合氏は毎日ここで洋服を縫っています。
ドゥオモから歩いて15分ほどの場所。


河合氏は、日に何度か休憩の折にバールに出向きます。
地元の人たちと会話を交わしながら、エスプレッソでリフレッシュ。
イタリアではエスプレッソが普通で「(カッフェ)ノルマーレ」と呼ばれていて、
日本で一般的なコーヒーは「アメリカーノ」と呼び、それはエスプレッソにお湯を注いだものです。
*画像は参考画像です


本題に戻ります(汗。
僕の洋服を初めて縫ってもらったのが2010年の春です。


2012年春に、マッセアトゥーラのお客様の洋服を縫ってもらうようになりました。


本格的なスタートは、2013年の春です。


Sartoria Cresentの河合氏が作る洋服は、
手に、糸と針をもって縫われる完全な手縫い服です。
体に合う合わないという以前に、既製服とは一線を画す洋服です。

着ていくうちに変化をする服。


わざわざ手で縫わなくても洋服は完成しますが、手で縫う事に意味があります。
しかし本来、特別なことではなかったのです。
服作りが機械化される前の紳士服と同じ製法で作られます。
今の洋服の殆どが工場縫製『サイズが合った既製服』量産向きの製法です。
見慣れないとパッと見では区別がつかないと思います。でも見えてしまうと戻れません(涙。


僕は、
河合氏はミラノの空気感を表現するために手縫いしているように思います。
彼が言う『着飾るための服ではなく、人に馴染んでいく服』
静かな存在感こそがミラノの服だと言います。
着続けると、ますますミラノの空気感をまとうようになる。

彼が作る洋服を着るということは、
先達によって数百年受け継がれてきたヨーロッパの、
その中でもミラノの歴史や伝統・文化をも纏うことになるんだと思います。

下の画像は、
河合氏が独立前に働いていた
ミラノで最も有名なサルトの1950年代の集合写真です。


10時間程で縫い上がる工場縫製のオーダー服と比べて(工場縫製にも3倍程の縫製時間の違いがある)
どちらが良い悪いの話ではなく、そもそも違う思想の上に成り立つ物作りです。
着た瞬間に分からなくても、長年その洋服と一緒に過ごしていくと、
その違いだけでなく河合氏の洋服作りに対する思いまで
きっと、気付いてゆく事になるでしょう。


下の画像は、
1975年のフォルビチドーロ賞/Forbici d’oro(金の鋏賞)の競技中のひとコマです。


Sartoria Cresent の工房で洋服づくりの現場に触れ、
幸せな気持ちで工房をあとにしました。
河合君、いつもありがとう!




2018年03月05日(月) 訪問

ローマの靴工房『Perticone』に伺いました。
この工房で、世界中の顧客の靴が縫われています。


Perticoneの吉本さんが作られる靴は、
全てフルハンドソーンウェルテッド製法(手縫い)です。
靴作りが機械化される前、高級紳士靴の代表的な製法が、この製法でした。
何百年も昔から伝わる手縫靴の代表的な製法で、靴作りの完成形だと言われている製法です。

現代の高級紳士靴の代名詞といえば、
ハンドソーンウェルテッド製法を機械化したグッドイヤーウエルテッド製法が一般的です。
これは洋服で言う『工場縫製のオーダー服』同様、量産向きの製法で
見慣れないと、パッと見では区別がつかないです。
でも見えてしまうと戻れません(爆。

見た目で判らなくても、
このハンドソーンウェルテッドの履き心地は全くの異次元で、
スリッパを履いたような感覚がとても優しいです。


ここで勘違いしがちなのは、
手で縫うから柔らかく、履き心地が良いだけでなく、
手でしか縫えない構造が、履き心地を大きく左右するということです。

手でしか縫えない構造で、
それには高度な技術と多くの時間、多くの材料が必要になります。

昔は靴が高価であり、今のような使い捨てではなく、
何度も底を張り替えて、大切に履き続けることが当たり前だったとお爺ちゃんが話してました。
構造は複雑であっても、修理できるようになっていたのだと思います。


中底にはコルクが敷き詰められ、履くほどに自分の足裏の形状に馴染みます。


昨年末のトランクショーでオーダーを頂いた
MasseAtturaのお客様、Aさんのラスト(木型)もありました!
右の真新しいラストがAさんのもので、外国の方の大きなラストと比較しても
31cmあるAさんのラストは、日本人のラストとは思えないくらい大きくスラリとしています!!
次回2018年7月に仮縫、そこで更に調整が加えられます。


靴づくりの現場に触れ、
幸せな気持ちで『Perticone』の工房をあとにしました。
Yoshimotoさん、ありがとうございました!



今回の旅は、ほんっと色々ありまして、、こんなトラブル続きは初めて!
無事に帰国して思うのは、それも良い想い出かなと。
ハイライト?だけ先にお伝えしますね!

◎ローマ(靴/Perticone
 2011年から僕の靴を作って頂くようになった吉本氏の工房を訪問。
 週明けから、新工房に引越しされるそうです。


◎フィレンツェ(洋服)
 宮平君のSartoria Corcosでお世話になっていたマイスターファクトリーの卒業生を訪問。
 今後の方向性についての話をウダウダと、、多分、次はナポリかな(笑。
 ナポリの方が性格的にも物作り的にも向いていると思う(爆。


◎ミラノ(洋服/Sartoria Cresent)
 2005年からミラノに渡り、2010年に最初の1着目を作ってもらった河合君の工房を訪問。


◎ミラノ(シャツ/Turri)
 初訪問。北イタリアらしい洗練された美しいシャツを作る工房を訪問。


◎ビエッラ(機屋/CanonicoとC.BARBERA)
 ボローニャにあるドラッパーズのロッリさんのお手配で機屋さん2件を訪問。

Vitale Barberis Canonicoを訪問

莫大な量のアーカイブ


C.BARBERAを訪問
工場の全景

コラード バルベラ氏(3代目社長)


◎観光(ローマ近郊の町とリビエラ海岸)
 週末を利用して、ローマ近郊の中世の町と、リビエラ海岸沿いの幾つかの町を訪れる。

チヴィタ ディ バニョレージョ


オルヴィエート


サンタ・マルゲリータ・リグレ から リヴィエラ海岸沿いをジェノバへと向かう。


晴れていたら、どれだけ感動的な景色だったろうと思うと、少し残念。


ポルトフィーノからサンタ・マルゲリータ・リグレに戻ってきたところ。


詳しくは、追々ご紹介させて頂きます!



いつもお心遣い有難うございます。
こんなに美味しい抹茶チョコレートは初めてです!!




今朝の讀賣新聞の記事です。


以前、僕が働かせてもらっていた会社が、「服育」という言葉の生みの親です。
最近やっと?少しずつ広がってきているんです。

というか、、、
以前は家庭で学べていたように思うのですが、皆さんはどうだったでしょうか?
以前このような機会を頂き、話をさせて頂いたことを思い出しました。
次のリンク先の「最後の方」で案内させて頂いてます。
www.masseattura.com/2009/11/27/
*いきなり僕がアップで登場しますのでビックリしないで下さいね(笑。



Kさんからオーダー頂いたスーツです。
任せるから、シャツも2着作っておいてくれ!と、、
ありがとうございます!!

Kさんのお仕事、お立場、着用シーン、
それにKさんの雰囲気まで考えてギンガムチェックでチェックオンチェックを!
普通のギンガムチェックでは、スーツの雰囲気と違うな~と思い
ザックリした、変わり織のギンガムチェック生地を!
生地の質感を合わせるって大切ですから。
*画像クリックで拡大します。

Kさん、いつもお任せ頂きまして、ありがとうございます♪




昨日の内容は刺し子の風呂敷がメインになりましたが、
もともとメインに書こうとしていた内容が今日になりました(苦笑。

この蝶の編み物は、
中村協子さんというアーティストの作品です。
生きた蝶のように飛びだしそうなのは、
中村さんが1点1点、かぎ針で編まれているからじゃないかなと思います。


この蝶たちは、すべて中村さんが大好きな
ヘンリーダーガーというアーティストの作品に登場する蝶がモティーフだそうです。
昭和の標本箱に収められているところも、グッときました♪

こんな作品を創られる中村さんをご紹介下さった「Studio J」さん
ありがとうございました!!



この風呂敷を見た瞬間、その圧倒的な存在感に心が揺さぶられました。
刺し子が施されたこの風呂敷は、
お母様が作られたものをJさんが譲り受け、大切に使われている物です。
使い込むほどに天然藍の風合が増し、刺し子がしなやかに柔らかくなってきたそうです。
この存在感は、まさに「用の美」だと思いました。


大きな面に施された刺し子が四隅に集結し、三つ編みにされています。
結んだり解いたりを繰り返す風呂敷、
使い勝手だけでなく、
重い物を包むことも考えて、四隅を補強する目的もあるのでしょう。

もともと刺し子とは、日本で生まれたもので、
16世紀初頭から伝わる、素朴で美しい刺繍技法の1つです。
庶民が日々暮らしていく上で、生活の知恵から考え出されたと聞きます。
日本全国でこの技法を施したものが見られ、庶民の間で広まっていたことが伺い知れます。
元々は東北の厳しい寒さを凌ぐための防寒・補強として衣料に用いられた事が始まりと言われています。


こんな実用的な物にも、美しさを追求する日本人の心意気(粋)。
亀の尻尾が、先に行くほど刺し子の目の出方が細かく小さくなっていき、何とも美しい!


実は、この風呂敷、
お願いしていた、この作品を包んできて下さったのです。


Jさんのギャラリーで、
最初にこの作品を見たときにも心が揺さぶられたのですが、
実際に使い込まれた「用の美」には、正直、少し霞んで見えてしまいます。
比べるものではありませんが、
僕は、作品より、実際に使われる物が好きなんだと思いました。
新品より、手入れをしながら使い込まれたスーツや靴に美しさを感じるのも、
用の美、、そういうことだと改めて気づきました。



マッセアトゥーラのお客さまにはお馴染み!?